つれづれなるままに-日暮日記

現世の森羅万象を心に映りゆくままに書きつくる。

「散切り頭の新八独り旅」その3

 第三章 娘の消息を尋ねて(続き)

 

 新八は再び一力茶屋の信江女将を訪ねた。「芸妓の小百合を存じておるか」と問うと、近くでまだ芸妓をしていることを告げられた。

 小百合は近くの置屋にいた。薄紫色の普段着を着ていて、まだ寝起き後間もない感じだった。歳は四十歳前であろうが、見た目は若々しく、男を引き付ける色気を漂わせている。

 小百合にとって、新八はなじみのない顔だった。新選組祇園に出入りした華やかしい時代には、まだ座敷に出られない歳だったからか。

 ただ、新八が磯の消息を話すと、「小常姉さんから、新選組の永倉はんのこと、小磯ちゃんのことも聞いてはります」と話した。

 「御一新から間もなく、私がまだ半玉のころで、小駒姉さんのところで修業しておりました。ですから、小磯ちゃんがなくなったのは本当に残念どす」

 「やはり磯は死んでおるのか。誠か」

 新八は小百合から念押しされる言葉を聞いて絶望感に陥った。目眩を感じるほどだった。

 「はい、はやり風邪で亡うなりましたとか」

 「どこかに墓があるのか」

 「はい、あります。…ですが、」

 小百合はそう言いながら、少し言いよどんだ。何か隠しているふうであった。

<新政府にとっては敵であり、嫌われ者の新選組の関係者に真実を話したくないのではないか>と新八は推量した。

 「正直に言ってくれ。御一新からすでに二十年以上が経った。もう儂は薩長に追われる立場でない。娘に苦労させたが、もう危害が及ぶこともなかろう。儂は娘にもう一度、もう一度会って詫びたいのだ」

 小百合はためらっていたが、しばらくして意を決したように話しだした。小磯の実の父親がわざわざ東京から訪ねてきたのだから、話さなければ申し訳ないという気持ちが湧いてきたのだ。

 「では、私が知っていることだけを正直に申します。小磯ちゃんは死んではると思います」

 「……」

 「御一新の後、実は、小駒さんは小磯ちゃんのほかにもう一人の女児を引き取ってます」

 小常さんのお仲間の娘で、最初は小駒さんが面倒みてはりましたが、ご本人は忙しい身ですから、貞さんのところに置かれたようどす」

 新八は、小常の仲間と聞いてすぐにぴんと来た。藤堂平助が死ぬ間際に、「胡蝶、娘を」と言い残したのを今でもはっきり記憶している。

 <その娘は恐らく藤堂平助の娘ではないのか。あるいは、先ほど鹿ケ谷で会った娘はひょっとして平助の娘かも知れない>

 だが半面、強い思い込みだとも感じ、無言で首を振った。

 「お貞さんは磯さんら二人のもらい子を面倒見たのか」

 「いや、最初は自分の子もいましたから、三人ですやろ」

 「なるほど、…それで」

 「小駒姉さんが亡うなってから、貞さんは、小磯ちゃんでないもう一人の預かった娘の方を東山にあるご自分の実家に移し、ご自分の母親に面倒見てもらいはってました。祇園では小磯ちゃんと実の娘の二人を育てていたのですが、一人をはやり風邪で亡くしてしまったようどす。将来、二人ともここで芸妓にするんやと言い張っていたんやけど」

 「で、亡くなったのは磯の方ですか、それとも貞さんの実の娘ですか。御存知であろう」

 「いや、二人のどちらかは、私もよう知りませんのや。貞さんに聞いてもあまり詳しいことは言わはらないし。ただ、のちに亡くなったのは小磯ちゃんだと聞きました」

 「それでは、祇園に残された実子の方はその後どうされたのか」

 「その後、伊都さんという実子も娘になってここからいなくなってしまったんどす」

 「どこに行ったのです」

 「なんでも娘はいずれ江戸に連れて行かねばならんとかで、どなたか人手に託したとか。そないなことを言うてはりました」

 「江戸に?それはどういう意味か」

 「私には良う分かりませんのどす。詳しい事情は聞いておりませんので」

 「そうか。人手に託し、いなくなったとは。託した人はどんな人か思い出してもらえまいか」

 「それしか分かりまへん。私は貞さんからそれ以上のことは聞いておりません」

 「娘さんがいなくなったのは何歳ごろでしたか」

 「そう十歳過ぎのことではないかと。禿から半玉になってもおかしくない年頃どすな」

 貞さんのところにいた娘一人は間違いなく十歳過ぎまで、祇園で生活していたのだ。貞さんが娘を東京に連れて行くよう託したのはいかなる理由か。そしてその相手が誰なのかも皆目分からない。

 磯の消息はここでぷっつり途切れた。

 新八は頭を掻きむしって切歯扼腕した。

 ただ、貞さんは「この子はいずれ江戸に連れて行かねばならん」と話していたとしたら、娘は実の娘の伊都さんでなく、磯の可能性が高い。だが、鹿ケ谷の娘吉は「小磯ちゃんは死んだ」と告げたし、小百合もそう聞いていると言っている。どちらが本当のことなのか。

 だが、だれがなんと言おうと、まだ磯は生きている。きっと今でもどこかで生きているに違いない。

 <ひょっとして託されただれかが東京に連れて行ったのではないか。あるいは灯台下暗しで、自分がいた東京に移って、生活しているのかも知れない>と、新八は我田引水の解釈をするしかなかった。

 でもそうであったら、維新前夜、自分が貞さんに託したように、磯は最初にいとこの嘉一郎のところに連れて行かれたであろうから、嘉一郎宅から我が方にも知らせがあるはずだ。それがないということは東京には来ていないのだろうとも思った。

 考えは錯綜する。

 「分かり申した。小百合殿。ですが、どうか貞さんが娘を託した方の何か手掛かりでも思い出されたら、儂に伝えてほしい。西本願寺の宿坊にいる。儂がいなかったら、太鼓楼にいる寺男島田魁という男に話してほしい」

 「承知いたしました。私も周りに人にも今一度聞いてみます。手掛かりがあれば、ご連絡申します」

 新八はほとんど落胆して西本願寺島田魁の宿坊に戻った。今晩は眠れない夜になりそうだ。

 上の写真は、京都・西本願寺の東北角付近にある太鼓楼。