つれづれなるままに-日暮日記

現世の森羅万象を心に映りゆくままに書きつくる。

小説「散切り頭の新八独り旅」

第四章 西郷隆盛がロシアから戻って来る?(続き)

 

 あと二、三日で小亀が北座の公演を終えるという時分に、吉が楽屋に訪ねてきて告げた。

 「先日、自宅に来たお侍のこと。姉さんにも伝えてあると思うけど、小磯さんの墓参りをしたいと言うてますから、私は一緒に行こうと思ってます。姉さんも時間があったら付きおうてくれますか」

 吉は杉村義衛が磯の墓参りをしたがっているということを伝えた。

 「そうね。われわれとは一緒にいた小磯ちゃんの実の御父上ですから、私とも関係なくもないもの。つれなくはできないわ、私も行きます。…それでいつ行くの」

 「姉さんの北座公演の打ち上げのあと。千秋楽の次の日でもいいかしら」

 「よろしいよ。では予定しとくわ」

 「ところで、吉も椎葉屋の住吉喜三郎さん、知っているやろ」

 「ええ、姉さんと子供のころ、仲良くしてはった三升屋さんのぼんぼんですやろ」

 「そうや。先日、喜三郎さんが北座に訪ねてきてな。いろいろ頼まれごとされてしもうたわ」

 小亀は独りの胸の内にとどめておくのが恐かったので、吉に漏らした。

 「どないなこと」

 「それは言えへん。固い約束やからなあ。でも、何かお金儲けにつながることらしい。…それで金儲けできたら、私にもお金回すと言うのや、あんまり信用せんと待っとると言っておいたけど」

 「何か危ないことではないやろね、姉さん」

 「さて、危ないことかどうか…」

 小亀は頭の中で、そんな噂を流すことが悪いことかどうか、実際、手が後ろに回ることになるのかどうか、考えた。が、整理はつかなかった。

 しばらく沈黙が続いた。吉は小亀が淹れてくれた番茶をすすった。

 小亀と喜三郎の話に興味を持ったが、それ以上は突っ込んで聞くこともできなかった。

 「心配は要らんやろ。第一、気の小さい喜三郎さんのことやから、危ないことはできへんでしょう」

 「そんなら、いいのだけど…。では、墓参りの件、忘れんといてね。東京から来たお武家には私から北座の公演が終わる次の日辺りに墓参りをしたいと告げておくわ。杉村さまはどうやらお西さんの向かいの宿屋にいるらしい」

 「そうか、頼むわ」

 楽屋は騒がしいところ。二人が話している最中にも、人の出入りがあるし、幕の開け閉めごとの高い拍子木の音が聞こえてきた。

 

 新暦四月の半ばに、小磯、いや実を言えば、ほぼ乳飲み子同然で亡くなった岡田貞子の実子伊都の墓参りは実現した。白川、鹿ケ谷の桜の木は葉桜になって、青々とした葉を広げていた。雪解け水を溜めた琵琶湖の湖水を大量に大阪湾に流すように、白川の流れも勢いを増していた。

 永倉新八は吉の言う通りに、朝方に西本願寺前の宿屋を出て、鹿ケ谷の岡田宅を訪れた。

 「ごめん、吉さんはおるかね。杉村です」

 陋屋の玄関先で声をかけると、しばらくして吉とは違う女性が出てきた。白地の単衣に黒の羽織。目鼻立ちの整った顔立ち。薄化粧にもかかわらず、妖艶さも漂わせていた。

 「ようお越しになりました。杉村さまですね。杉村さまのことは吉から聞いておりました」

 新八は、女性の美しさに一瞬目を奪われた。

 「こちらも、先般、吉さんが墓参りの期日を知らせに我が宿舎に来た時にあなたのことは聞いておりました。伊都さんですね」

 「はい、岡田伊都です。今は大阪で、尾上小亀という名で舞台芸人をしております」

 新八は小亀を一目見て、<あのころの小常に似ている。いや、生き写しではないか>と感じた。わずか、足掛け二年の逢瀬だったが…。

 だが、半面、<会いたい一心からの思い過ごしだろう、磯は死んでいるのだ>と自らに思い聞かせるしかなかった。

 「母から、聞いております。杉村さまは幕府方にいらした方とか。せっかく娘さんに会いに東京から京都までお越しくだされましたのに、…二十年も前に亡くなってしまっているとは、本当に残念なことをしました。私は磯さんとは幼い時分、一緒におりました」

 そして、小亀は磯の幼い時の話や当時の祇園の話などを始めた。ほとんどは小亀自身が覚えていたことではない、母親からの聞きかじりだ。

 すると、やはり紺地の着物と羽織で外行きの身なりをした吉が奥から出てきた。庭で摘んだと見られる花と線香を握っていた。

 「杉村さま、お待たせしました。では、参りましょうか」

 “小磯”の墓は、鹿ケ谷から東山に入った山中の中腹にある小寺だった。岡田宅から歩いて十丁(約千百メートル)ほどの距離で、山門も庫裏も崩れかけていて、名刹とは思えない寺だった。

 墓はその一角の鬱蒼と木々に囲まれた低い地所にあった。

 削りのない丸石には「岡田家の墓」の文字。だが、後ろにある墓誌には、貞子、その夫とともに、「永倉磯、明治四年五月三十日死去、享年四歳」と書かれてあった。

 新八は、「永倉」の字を見て娘の死を信じざるを得なかった。そして、その小さく刻まれた文字を撫でた。

 「苦労をかけたな、磯。不動村で別れたあとに、程なくお前も天上の母上の許に行ってしまったのか…」

 そう言うと、涙があふれてきた。

 「申し訳ない、まことに申し訳ないことをした。父が傍におったら、まだこの世におったかも知れんのにのう。でも、父も事情があって別れなければならなかったのだ。どうか許してくれ」

 新八は小声で語りかけた。

 涙が嗚咽に変わった。線香もあげないうちに、新八は泣き崩れてしまった。

 「四歳では人の世の楽しさ、面白さを何も知らないうちに、のう、磯。母のところに行くには、せめて、大人になってからでも遅くなかったのに」

 嗚咽する新八の背中を小亀がさすった。何も言わずに、この老人をいたわるのは自分の義務であるかのように。

 「小亀さん、ありがとうな」

 新八は小亀の気配りに感謝した。

 「伊都さん、吉さん、よく磯の墓をお守りくだすった。本当にかたじけない」

木洩れ日の一条が墓石を照らした。鳥の声も聞こえない、辺りは静寂が包んでいる。

 「おまえも父親の来訪を喜んでいるんだな。陽光に包まれて暖かそうだ。のう、そうではないか、磯」

 新八は墓に語り掛けながら、自らにも納得させるようにつぶやいた。(続く)

 上の写真は、岐阜県・飛騨高山の古い町並みの中で撮った通りすがりの着物美人。