つれづれなるままに-日暮日記

現世の森羅万象を心に映りゆくままに書きつくる。

学校内にコンドーム自販機を置くべきだ

 世の中、意味不明のことが多いが、とりわり東大の共通試験会場での殺傷事件は訳が分からない。犯人の少年は名古屋に住む成績優秀な高校2年生であり、来年東大受験を目指しているとのこと。名古屋の少年がなぜわざわざ東京にまで来て犯行に呼ぶのか。殺傷した受験生はたまたま共通試験の会場として東大に来たのであって、彼らがすなわち東大を受けるわけではない。世間の人は、なぜ東大受験生だけの2次試験の時を狙わなかったのかと思ったでしょう。いずれにせよ、人の一生で最初の大きな関門である大学受験の時に、飛んだ邪魔者が乱入したものです。

 少年はこの犯行の前に地下鉄内でも放火事件を起こしています。となると、先般、ハロウィンの夜、京王線であった放火殺傷事件と何か似た感じがあります。最近、やたらと刃物で赤の他人を殺傷したり、住家や人が近くにいるところを放火をしたりする事件が起こります。これって、やはりコロナ禍で抑制された生活を余儀なくされたことによる特に若者の反発、ストレスの蓄積とその反作用の感情の爆発なのかも知れません。困ったものです。

 困ったものと言えば、子供への虐待も後を絶ちません。最近、大阪に住む男が生後2か月の男児をマイナス18度の冷凍庫にぶち込むという痛ましい事件がありました。本人は「可愛かったからやった」などと供述しているそうですが、常識的に可愛いいという感情と冷凍庫に入れるという非情な行動のつながりは理解できません。恐らく苦し紛れの嘘です。生後2か月であれば可愛い盛り。どんな人でも自分の子供であれば、父性を生じ、愛おしさが出てくるものです。この男にはなぜそれがなかったのか。本質はこの男が持つ生来のサディスティックな性癖、残虐性でしょうか。

 育児放棄と言えば、米国ニューメキシコ州で1月中旬、18歳の女子高校生が自ら自動車を運転してきて、へその緒が付いたままの赤ちゃんを夜間スーパーか何かのごみ箱に捨てた事件もありました。この投棄の模様は防犯カメラで記録されており、日本でも放映されました。それを見る限り女性はごく平然とした顔つきで嬰児をポイと投げ捨てている感じで、小生は気が動転するほどの驚きでした。子供を望んでも望み得なかった者からすると信じられない光景です。望む者に与えず、望まざる者に与えるという、神は実に不合理なことをするものです。

 それはともかく、今時、18歳くらいになれば、男女が恋愛し、性衝動が生まれ、性交渉にまで至ることはごく自然な流れです。であれば、そういうプロセスを抑制したり、何か諸悪の根源、タブーだとして隠すのでなく、当然のこととして受け入れ、対策を取るのが親、学校、自治体の務めだと思います。性交渉で子供が生まれる、子供が生まれれば男女とも責任が伴うという当たり前の事実をはっきり教えることが必要です。

 そういう話は親はしにくいとの話もよく聞きます。それなら、学校などが教育の一環として代わってやるべきです。恋愛からくる性交渉と、妊娠、出産という人生上の大事を切り離すために厳格に避妊の必要性も強調しておくべきです。場合によっては、学校内にコンドームの自動販売機などを設置してもいいのかも知れません。そうすれば、嬰児のゴミ箱投げ捨てなどは防げるように思います。

 学校内にコンドームの自動販売機などと言うと、「この学校は男女の不純異性交遊を奨励するのか」などと牙を剥くヒステリックな母親も出てきそうです。世間でよく見られる現実無視のノー天気な人たち。小生は、こんな人たちを見ると、「戦争を否定する者が武器を持っていいのか」と言うようななぜかお馬鹿な左翼の理想的”平和主義者”を連想してしまいます。高校生でも男女が深い関係になるという現実が今、あるんだということを十分に認識し、それを前提に対策を練り、準備するというのが本来あるべき姿なのではありませんか。

上の写真は、小生の自宅近く野辺山公園から望める富士山の夕暮れの風景。

岸田首相は菅内閣を反面教師にしている

 時事通信が1月7-10日に実施した内閣支持率調査によると、岸田内閣の支持率は51・7%で、前月に比べ6・8ポイント増とのこと。いやー、驚きました。コロナのオミクロン株の感染が一段と広がりを見せているのに、支持率は逆に上昇に転じているとは、菅内閣との傾向とはえらい違いですね。菅氏は小生の選挙区の候補者であり、微力ながら支持し、投票しています。彼は総理就任当初7割以上の支持を集めていたのに、就任3カ月も過ぎると人気度は下降し始めてしまいました。この違いって何が原因だろう。

 前にも書きましたのが、菅内閣がキャリーアウトした政策って概して国民受けするものばかり。携帯電話料金の引き下げ、不妊治療の健康保険適用、省庁デジタル化での統一システム導入…どれをとっても時宜にかなっている。さらには愚かな朝日新聞はじめ一部の反対があったけど、東京オリンピックを立派にやり遂げ、国民の拍手喝采を受けました。どれも素晴らしい成果です。本来は支持率は上がるはずなんですが、逆になったのはどうしてなのか。

 内人に言わせると、顔つきの問題だとのこと。岸田は育ちの良さからか、のほほーんとした顔つきが誠実そうだし、なんか一生懸命にやっている感じも与えます。それに比べて、菅はこう言っては失礼ながら顔つきが暗いし、何か腹に一物持っている感じがしました。顔つきなど本来、政治の資質とは何の関係もないと思うのですが、国民はそう思わないんですね。政策など分からない人は、顔つきや挙動だけですべてを判断してしまう嫌いがあります。

 また、記者会見での説明不足は否めない。官房長官時代はそれで良かったのかも知れませんが、トップリーダーはやはり、この人に国のかじ取りを任せられるという安心感を国民に与える必要があります。巷間言われていましたが、アカウンタビリティー(説明責任)不足がかなりのマイナスになっていました。また、腹に一物ありとの印象を与えたのは、学術会議のメンバー選任で6人ほどを忌避したことか大きかったかと思います。

 これによって携帯料金や不妊治療で菅支持になった中間、左翼のかなりの人が背を向けてしまったのです。学術会議が左翼の牙城であることはよく知られたことですから、その是正は本来政権が固まった後にゆっくりやればいいこと。国民が鵜の目鷹の目で行く末を見守っている(一部は揚げ足取りを狙っている)ような内閣発足早々に打ち出すようなことではないと小生は思いました。先の見えない官僚側近が吹聴したものか。安倍政権のアベノマスク配布に匹敵するほどの愚かな判断ではなかったか。

 過去のことを詮索してもしょうがないのですが、岸田はかなり菅を反面教師としているように見受けられます。しっかり記者会見に応じ、それなりの説明をしています。菅はコロナ対策で一昨年から昨年初めにかけてちょっとあたふたしたところがありましたが、岸田はオミクロン株に対してすかさず水際作戦を発動するなど迅速な対応を取ってきました。少なくともわれわれにはそんな印象を与えています。結果として感染者は増えてしまったけど、国民は案外政府の責任とは感じていないものです。

 世論調査に戻ります。政党支持率自民党内閣支持率の上昇に反して0・8ポイント下がって25・6%。次いで維新の会が4・3%、立憲民主が4・0%、公明が3・0%、共産が1・6%。れいわ新選組が0・8%、国民民主が0・7%とか。参院選を半年後に控える今、立憲の支持率の低さには呆れてしまいます。党首が代わっても、維新を抜けないとは、所詮その程度の政党なんですね。国民民主が、消費税廃止などとおよそ現実離れしたスローガンを掲げるれいわ以下というのも解せないところです。

上の写真は、前回取り上げた国技館の砂かぶりで毎日観戦する謎の“ワンピース妖精”。下の方は、野毛のジャズバー。

Ana Moura / Fado "Preso entre o sono e o Sonho" - YouTube

El fado de Lisboa - YouTube

ポルトガルの民謡ファド。最初東京・四谷のバーで聴いて魅せられ、その後、リスボンの港町で本場のファドを堪能しました。

向こう正面にいるワンピース姿の女性は何者だ

 小生、毎日初場所のテレビ観戦を楽しみにする猛烈な大相撲ファンですが、気になって仕方がないことがあります。向こう正面の向かって左側審判員は時計係ですが、その審判員脇に座っているワンピース姿の若い女性です。4日目の今日はベージュ色のレースもあるワンピースを着ていました。とにかく大の大相撲好きらしく、毎日十両の取り組み開始前後からそこに座っています。砂かぶり一列目の席は、力士が飛ばされてくることもあり、本来は危ない席なのですが、彼女はまったく平然としています。本当に相撲好きなんですね。

 この女性は、今場所ばかりでなく、ほぼ毎場所砂かぶりに席を取っています。先場所は九州福岡の開催ですが、やはり彼女がいました。向こう正面の前から砂かぶり3列目くらいの西の力士が出入りする通路に近い席でした。そう、その前の秋場所ではやはり向こう正面ですが、左側東の通路付近に座っていました。気になるので、ネットで調べてみました。すると、同じく関心を持っている人も多いようで、ユーチューブには「砂かぶりの妖精」などというあだ名が付けられ、彼女の映像を撮ったものがありました。

 スレンダーで目がぱっちり、いつもワンピース姿ながら、毎日同じものは着ていない(女性なら当然か)。マスクをしているので今いち美人度は分からないのですが、想像するにかなりの美形と見ました。だから、大相撲ファンなら彼女の存在をだれもが気付いているはずです。砂かぶりに席に取っているということはかなりテレビカメラを意識しているものと思われます。それで、彼女がどこのだれ子ちゃんか非常に気になるのですが、彼女を特集したユーチューブ映像はあるものの、どこの誰かについての記述はありません。

 あるいは、スポーツ紙などですでに特集されているのかも知れませんが、小生はその手の新聞は読まないので承知していません。彼女はひたすら観戦し、熱戦に対して微かに拍手を送るだけ。別段何の”事件”も起こしていないから、テレビ等で取り上げられることもないでしょう。でも、大相撲本場所の砂かぶりにずっと席を取り、平日を含めて毎日観戦に来るというのは尋常なこととは思われません。

 というのは、砂かぶりチケットを場所を通して確保するのは相当な高額で、しかも企業が接待用に取得してしまい、一般人はなかなか買えません。毎日午後3時前後から6時まで国技館に来る時間を確保できるというのはどういう立場の人か、どんな仕事に就いている人か。我が内人を含めて女性は一般的に格闘技が嫌いな人が多いのですが、毎日見て飽きないとはそれほど好きなんでしょう。では、同じ格闘技のラグビーはどうなのか、ボクシングやK1やライジンはどうかと聞いてみたくなります。元記者で好奇心旺盛な小生としては、その人物に限りなく興味が湧きます。

 砂かぶり席のチケットは年間、場所の通しで買うことになるので、ワンピースの彼女ばかりでなく、確かに毎日来ている人はいますし、テレビ観戦者も向こう正面にいる限り、その人を直ぐに判別できます。名古屋場所ではいつも東の通路3列目に着物を着た丸顔のおば様が毎日来ています。ある時には引退力士に花束を手渡していました。西の通路側にはやはり着物を召した厚化粧のおば様がいます。

 でも15日間毎日、本場所に来て相撲を見続けるというのはすごいことだと本当に思います。チケット代、時間の都合ばかりでなく、女性であれば服、着物を毎日変えなくてはならないのですから、その着衣代等々。まあ、人もうらやむ金持ちなんでしょうね。いくら相撲好きの小生でも、毎日、国技館に駆け付け、十両から横綱の取り組みまで見続けるヒマも、金もありません。そういう今日も悲しいことに、テレビ観戦しながら、取り組みと取り組みの合間をぬってアルバイト原稿書きをしなくてはならないほどの貧乏人ですから。

 上の写真は、新年3日に飲み仲間とともに、自宅近くの寄席「にぎわい座」に落語を聞きに行きました。大相撲の砂かぶり代金に比べたら微々たるものです。

「世界を2分割しよう」と言った習提案をご存知か

 今日朝のTBSサンデーモーニングを見ると、スポーツコーナーにもう張本勲さんはおらず、代わりに元巨人の上原浩治が出ていました。正直な感想を言わせていただければ、発言に味もなく、面白くもない。やはり、一緒に出ていた落合博満の方がはるかに深みのある発言をしていました。かつて愚かな視聴者が張本発言に苦言を呈したりしたための後遺症です。後任者の上原はもともと面白い男で、小生もファンだったのですが、初回から揚げ足を取られまいと必死の様子で、可哀そうでした。

 それはともかく、スポーツコーナーのあと、中国のアジア進出、台湾攻撃の可能性について特集を組んでおり、この中で、台湾有事に対して石垣島自衛隊基地を造っていることが報じられました。台湾有事が即日本有事であることは、先島諸島と台湾の距離からすれば当然の認識で、日本全体の安全保障を考える場合、先島諸島に防御用のミサイル基地を持つことは至極当たり前の対応です。

 番組は基地建設自体を批判していないのですが、コメンテーターに出てきた安田なるフォトジャーナリストの女性は「かつて沖縄は戦場になり、島民が悲惨な目に遭った。石垣島に基地ができれば、(中国側の)攻撃対象になる。石垣島民にもっと配慮してほしい」という趣旨の発言をしていました。よくよく聞くと、これって意味不明。配慮するとは具体的にどうしろということか、基地は要らないということですかね。こういう情緒論しか言わず、世界情勢、安全保障が分からない人が情報番組でコメントしてほしくないなとしみじみ思いました。

 習近平国家主席は昨年末にバイデン大統領とオンライン会談した際、「地球を米国と中国で2分割支配しよう」というプランを持ちかけたようです。かつて「太平洋を中国、米国で2分割しよう。西太平洋は中国で持つ」という発言をしたことは事実ですから、中国は今、覇権主義で世界支配に乗り出す野望に満ち満ちています。台湾攻撃とその占領は「中国の一部分だから祖国を統一する」というような民族主義的な感覚でなく、太平洋支配、世界支配戦略の一環なのです。安田なるコメンテーターはそこまでご存知なのだろうか。

 西太平洋の域内には日本も入っています。台湾が中国に占領されたら、中国の太平洋進出が容易になり、西太平洋は中国の支配下に置かれます。海洋も航空路も中国の意思のままに動かされます。そうなれば、日本は自由も民主主義もない中国の影響をますます大きく受けることになるのですが、安田なるジャーナリストはそれでもいいと思っているのか、それでも台湾と日本とは関係ないと言うのでしょうか。台湾有事になれば、それは単に石垣島だけに限らず、日本全体の自由と民主主義に関わる事態なのですが、、。

 ちなみに、基地のことを言えば、自衛隊の基地は石垣島で建設中のものだけに限らず、日本の至るところにあります。小生が住む神奈川県だって自衛隊基地ばかりでなく、台湾有事の際には必ず支援出動するであろう米第7艦隊横須賀基地厚木基地もあります。今は射程1000キロ以上の中距離ミサイルがあれば、中国からは日本列島全体が攻撃範囲に入りますから、危険性を言えば、石垣だけの問題ではないのです。それを太平洋戦争中の米軍の沖縄上陸攻撃と比べるというのは無知すぎます。

 先のブログで、瀬戸内寂聴さんの発言に対して情緒論だと批判しました。情緒論はちょっと聞くと、気持ちよく、分かりやすいから、訴えやすいのでしょうが、実は非常に危険な要素を持っていることを知るべきです。「武装はやめろ」「基地をなくせ」と叫んでいても、安全保障はかないません、平和も確保されません。覇権主義者を利するだけです。

 上の写真は、浅草駒形のフランスレストラン「ナベノイズム」のベランダから見たスカイツリーと、多摩市永山団地の紅葉風景。

被爆国だから、むしろ核抑止力が必要では

 正月早々、奇妙なことが起きるものです。米、英、仏、ロシア、中国の核保有5カ国が3日、「核戦争に勝者はいない。絶対にしてはならない」などという共同声明を出したこと。まあ、翌4日に核拡散防止条約(NPT)の再検討会議が開かれる予定だったので、これに向かっての形式的なパフォーマンスではないでしょうか。われわれは第2次大戦で勝利した大国だ、その他の国は核を持つ権利はないし、持つべきでないというアピールだと思われます。それにしても随分唐突だし、白々しい感じもします。本当にそう思うなら、早々に軍縮に動くべきでしょう。

 それにしても、いわゆる核廃絶運動を展開する団体はノー天気。「とうとう我々の主張が理解されたか」などと言って鬼の首を取ったみたいな喜びようです。まあ、理想主義者の”率直”な反応を笑っても仕方がないですが、現実は厳しいです。今回の共同声明は、2009年のオバマ米大統領によるプラハでの核廃絶発言のように一方的に理想論を述べるものではなく、大国同士が約束するものです。だから、オバマ演説以上に意味があるのでしょうが、彼らは別に、勝者はいないから、われわれは率先して核を廃絶するとまでは言っていません。いやむしろ、今やっていることは、核ミサイルの開発、運搬手段の更新など核兵器を有効利用する方法の模索なのです。

 冒頭の共同声明の内容は実に意味深長で、皮肉な見方をすれば、「核戦争はしてはならないが、通常兵器でなら戦争しても構わない」とも取れます。今、台湾やウクライナをめぐって大国間が対立しており、場合によっては戦火を交えるケースが皆無とは言えません。そんな時に、あらかじめ双方に「真っ先に核を使わない」との約束があれば、”安心”して通常兵器の戦いが起こせるのです。ですから、今回の共同声明は核軍縮に結び付くどころか、通常兵器戦争の開始を告げるとの見方もできましょう。

 ついでに、日本の核兵器廃絶運動にも一言。この運動を展開する団体は「世界で唯一の被爆国である日本が核兵器禁止条約に署名しないとは何事か」と主張します。分かりやすいように聞こえますが、よくよく考えてこの論理って正当ですか。被爆国である日本は核兵器を持たないし、無論使うわけがないので、われわれはむしろ相手に使わせない、核攻撃抑止の方法論を考えなくてはならないのです。ですから、「われわれは唯一の被爆国なのだから、二度と核爆弾を落とされないために最大抑止、報復力として核兵器の有効性を考える」という方が論理的だと思えます。

 国家間の交渉、付き合いでは軍事力を度外視することは考えられません。昔、学生にこう言っていました。「君らがもしやくざとトラブルを起こした際、自身で対等の話し合いができるか。相手の威圧感からたいがいはやり込まれてしまうのではないか」と。それと同じで、軍事力を背景にしないと、領土領海の侵食は言うに及ばず、普通の経済交渉であってもやり込まれる恐れがあります。それは歴史を遡らなくても、昨今南シナ海問題に関して中国のフィリピンなど東南アジア諸国への対応、ロシアのウクライナフィンランド、バルト3国への威圧的な対応を見れば簡単に分かることです。

 大国との間で日本は全面的に軍事バランスを取ることはできないが、一定の報復力は持つ必要があります。中国、ロシア、北朝鮮が核を持つならば、われわれも核兵器に頼らざるを得ない。と言っても、被爆国日本人の”脆弱な”、いやセンシィティブな国民感情から現時点では独自に核兵器は造れない、持てない。であれば、同盟国米国の核兵器に頼るしかないのです。「米国の核抑止力に頼る」のならば、核兵器禁止条約には署名できないのではないか。一方で核に頼って、一方で禁止に賛成とは大いなる矛盾、二枚舌になってしまうからです。

 理想論を言うのは実に気持ちよく、楽しく、幸せなことです。本来、全員そういう考えを持てば世の中は平和です。が、世界に悪者がいるという現実を忘れてはなりません。電車内で刃物を振り回すヤツがいるように、われわれは日常生活の中でそういうワルをいくらでも経験しているはずではないか。危機意識を常に持たなくてはなりません。平和ボケでは安穏の生活は確保できませんよ。

 上の写真は、昨年12月初め、多摩市方面にハイキングに行った時に見た紅葉。

今年は特別に「長谷川伸記念碑」も参拝した

 2022年の新春を迎えました。記者時代からそうだったのですが、毎年年末年始は、まとまって原稿書きをしなければとか、長年読もうと思っていて読めなかった本をしっかり読もうと思うのですが、結局、酒を飲んで、イージーにテレビを見る形になってしまいます。特に、大晦日は大好きな時代劇の番組、ボクシング、それにライジンという総合格闘技の番組があるので、そちらにくぎ付け。1日の朝から昼にかけても仕事は手に付かず、だらだらとテレビを見てしまいます。

 深夜零時を回ったあとの初詣では例年通り、自宅近くの横浜・成田山別院へ。このあと伊勢山皇大神宮に回ろうとしましたが、昨年並ばずに参拝できた皇大神宮は今年、紅葉坂の下の方にも続く長蛇の列なので、あきらめました。道の両側にはテキヤさんも大勢出店していて例年の賑やかさを取り戻していました。小生はこのあと、大岡川の橋のたもとにある「長谷川伸記念碑」も詣でました。長谷川伸とは、「瞼の母・沓掛時次郎」「一本刀土俵入り」「関の弥太っぺ」など人情もの時代小説を得意にしていた作家。小生も時代小説を書いているので、僭越ながらあやかろうと思ったのです。

 彼は、京急日の出駅近く(すなわち小生の自宅近く)で土木業を営む家で生まれたとか。幼くして母親と生別し、学校も満足に行けず苦労した人のようです。「瞼の母」同様に、彼は晩年に母親と再会するのです。小説のように再会時に母親に邪険にされ、「いいさ、おりゃ、目を閉じれば、瞼の裏に優しい母がいるんだ」と涙ぐんだかどうかは知りません。でも、彼の人情ストーリーは泣かせます。ただ、映画で彼の作品に接ししただけで、小説としてまともに読んだことはありません。

 人情ストーリーと言えば、いろいろな時代小説を読みましたが、やはり藤沢周平が絶品です。本人のエッセイ、娘遠藤展子さんの思い出話エッセイ、藤沢礼賛本も含めて全作品に目を通しました。ここで何度か書いたことがあるので重複は避けますが、藤沢作品で「お前が好きな作品を3点挙げろ」と言われれば、一番好きなのが「海鳴り」。所帯持ち商家男女の大人の恋愛を描いた作品です。2番目はやはり「蝉しぐれ」かな。これは多くの人が最高作品に挙げており、映画、テレビでも映像化されており、若者の純粋な心の持ちように胸を打たれます。

 3番目の選択、これは難しいのです。これまでだったら「風の果て」を挙げていたのですが、歳を取ったこのごろでは「三屋清左衛門残日録」もいいなと思うようになりました。「風の果て」は軽輩の出ながら家老までになる出世物語、「三屋…」は引退した藩の幹部が俯瞰的に藩の治政を見、それを通し権力闘争のばかばかしさ、人間の欲、妬みなどの虚しさを訴えています。歳を取ったら、恬淡と生きる、その方が幸せなんだということを思い知らされます。

 上の写真は、グーグルのピンタレスト写真から借用した「笑う犬」、下の方はクリスマス以降も飾ってあった自宅近くの肉屋店頭のツリー。

Ala Pugachiova Milion Alych Roz 1983 - YouTube

Ани Лорак - Миллион алых роз (ДОстояние РЕспублики, 2013) - YouTube

加藤登紀子もいいが、もともと歌っていたロシア人もいい。ですが、曲はもともとはラトビアかどこかの反戦歌とか。

寂聴が言う「戦争に良い戦争はない」は正しいか

 先日の日曜日朝、TBSの情報番組サンデーモーニングは、墓名碑という企画で今年死んだ人を取り上げていました。その中に瀬戸内寂聴が出てきて、2015年、あの安保法制の国会審議の時にわざわざ国会周辺まで出かけて行って演説している風景が映し出されました。そこで気になったのは、彼女が「戦争に良い戦争というのはない」と言っていたこと。果たして、そうなのか、そう言い切っていいのかと思いました。小生はそう思いません。「他国に踏み込む侵略戦争に良い戦争はない」と言うのであれば、理解できます。でも戦争は必ずしも絶対悪ではありません。

 かつて私立大学で国際関係論という授業を持っていたのですが、戦争の問題に触れる時に、小生は最初に学生に対し、「戦争が絶対悪だと思っている人は手を挙げろ」と問いました。かなりの人が手を挙げますが、これは杓子定規の反応。高校まで左翼系の先生に教えられた悪しき傾向です。だから、小生は改めてこういう問い方をしました。「君は誰かに理不尽に殴られそうになったら、何の抵抗もしないのか」。男子学生に対しては「もし傍にいるガールフレンドが暴漢に襲われそうになったら、君はただ何もせず、傍観しているだけか」と。

 この質問には学生は少しは真剣に状況を考えるようになります。そして何人かは「そんな時には抵抗します」と答えます。「では聞くが、それは戦うことじゃないのか。闘争、国家で言えば戦争ではないのか」と付け足すのです。日本は過去の反省から、絶対に他国の領土に踏み込む侵略戦争をしてはなりません。だが、こちらが望まないのに、他国が我が領土に踏み込んで来る可能性は否定できません。現に、日本が実効支配している尖閣諸島を奪いに来ている国があります。

 かつてはナチスドイツがポーランドにいきなり侵攻したり、日本も中国大陸に利権を求めて進出し、軍事占拠したりしたことがありました。1990年代初めにはイラクが隣国のクウェートに突然攻め込みました。2014年には、ロシアがウクライナの領土クリミア半島を「国民投票の結果」として占拠したほか、今でも両国国境に10万人の軍隊を配置して、ウクライナでロシア人が多く住むドネツク、ルガンスク両州の占拠を狙っています。こうした領土の現状変更に対し、国民として傍観できるのか、「われわれは戦争が嫌いなので、抵抗しません。どうぞご勝手に」と言えるのか。

 それで、小生は授業で「戦争には防衛的な戦争もあるんだ。これって悪い戦争ですか」と話していました。戦いがすべて悪いというのなら、鎌倉時代、モンゴル軍の来襲に対し北九州で戦った武士団だって、祖国解放のためにナチスと戦ったフランスのレジスタンスだって、東欧のパルチザンだって悪者になってしまう。だから、寂聴の演説は安全保障をまったく考えない、情緒論でしかないのです。情緒論は分かりやすいのですが、ある意味非情であり、危険な要素を持っています。まあ、男性経験が豊富で、情緒だけの人だった寂聴先生に国家の安全保障を理解してもらおうと思っても無理かも知れませんが、、。

 民主主義と自由を謳歌している台湾に中共軍が攻めてきて全島を占拠、「これからは共産党が支配して選挙も自由もなくすぞ」と台湾人民が言われて「はい、そうですか」と従えますか。そうはならないでしょう。必ず抵抗します。あのミャンマーだって軍事政権が理不尽にも民主主義を破壊したので、今、人民は銃を持って立ち上がり、レジスタンス運動を展開しています。民主主義が最高の政治形態だと国民の多くが信じているならば、この抵抗運動は正義の戦いであり、良い戦争なのです。

 上の写真は、初冬に町田市郊外にハイキングに行った折に見た銀杏の紅葉と万両の実。