久しぶりに秋晴れの朝を迎えました。横浜は若干雲が残っていましたが、朝の散歩兼体操のために野毛山公園に出た時には太陽がさんさんと差してきました。本当に久しぶりの朝の陽光に思わず両手を開いて空に向かって自然、八百万の神に感謝と祈りを捧げました。実はこの週末、香港時代のハイキング仲間と日光、鬼怒川方面へハイキングと温泉を楽しみに行くので、本当に晴天はありがたい。まだ、紅葉には程遠いでしょうが、恐らくススキの戦場ヶ原は楽しめると思います。
それはさておき、今、ウクライナ戦線ではウクライナ軍が盛り返しているとのこと。被侵略国が侵略者を追い出す状況になっていることは非常に素晴らしいし、われわれもも嬉しい。金輪際、侵略者ロシアに良い思いなどさせてはなりません。昨日夜のBS・TBSのニュース解説番組「19・30」にウクライナ・アゾフ旅団の司令官が出てきましたが、彼は「戦争で祖国が侵略されるというのは自らが支配するべき領土や家族を失うだけでなく、自らの文化、精神、伝統を失うことだ。だからたとえ犠牲者が出ても戦う以外に選択肢はない」と述べ、不屈のコザック精神を強調していました。
小生もまったく同感し、ある意味彼の発言に感動しました。文化、精神、伝統、言語は民族、人間の血肉です。日本も80年以上前に他国に対し公用語を日本語にし、いささか文化、伝統を奪うような事態を招いたことがありましたが、これは本当に悲しむべき、憎むべき過去。逆に幸いなことに、太平洋戦争で負けても日本は天皇制という伝統、文化、言語を失うことはありませんでした。しかも、自由と民主主義を完全に勝ち取りました。
でも歴史を見ると、地続きで他国と接する国々は往々にそういう事態に直面します。19世紀の晋仏戦争を背景にした「最後の授業」というフランスの短編小説がありますが、この中で、ドイツに占領されたアルザス・ロレーヌ地方のあるフランスの小学校で先生が「フランス語で授業をするのは今日が最後です。明日からドイツ語の授業になります」と生徒に告げる場面があります。他国に占領されるということは言語を失うこと、いや文化、伝統も奪われることが実感できる話です。
日本が「明日から、一切日本語を使うな。中国語で話せ」という状況になったら、われわれはどうするのか。冗談で言えば、小生は喜びます。中国語が話せますから。ますます中国語会話に磨きがかかるなと思いますので…。でも、これはあくまで「開玩笑」の類。小生は骨の髄まで日本人ですから、やはり生まれ育った言語や文化、伝統を奪われたら嫌だし、それを阻止するためなら老骨に鞭打って戦うでしょう。言語、文化、伝統は個人のアイデンティティーを形成する基本ですから、失うわけにはいかない。
という意味で、アゾフ旅団の司令官の話を感慨深く聞きました。彼は、ロシア軍が侵攻を始めた直後のキーフ郊外ブチャでの虐殺を持ち出して、「侵略されるということはこういう事態になるとウクライナ人が悟った。だから徹底的に抵抗する姿勢を固めたのだ」と語っています。ブチャではロシア軍による無抵抗者の虐殺、一般の家からの略奪、女性への無差別レイプがありました。これは文化、伝統が奪われるどころの話ではない。人間の生死、尊厳にかかわる話です。
世の中のノー天気な「平和主義者」はすぐにインドのガンジーを持ち出して支配者に対する「無抵抗主義」を主張します。でも、これには相当の覚悟がいると思いますし、現実的ではありません。第一殺されてしまったら、無抵抗も不服従もできません。相手が暴力を使うなら、こちらも暴力で対抗するというのは道理でしょう。晴天の朝の秋空に向かうと、しみじみ平和な日常っていいなーと思います。この平和を続けるために自分は何をすべきか、何ができるのかと少しはその義務を考えたりします。




上の写真は、横浜みなとみらい地区の風景。港町函館もいいが、横浜もいい。下の2枚は我が家の近く吉田町のスナックバー街と「ノラねこ通り」。

















