つれづれなるままに-日暮日記

現世の森羅万象を心に映りゆくままに書きつくる。

一生涯学習の意欲は必要だ

 今、小生は定職を持っていないので、ほぼ世間の定年退職者の生活のようでもあります。ただし、「毎日が日曜日」というわけにもいかず、毎週水曜、木曜は大学なるところに行き、中国語や国際関係論を講じています。この2日間は、朝8時半ごろに家を出るだけに、一応サラリーマンの出勤らしい雰囲気を味わっています。
 さらに、水、木曜日以外のウイークデーは、午前中だけ自宅で、共同通信子会社のメディアに頼まれて英文、中文の翻訳をしています。ジャンルはミャンマー国内の経済ニュース。小生はこのメディアからは主に中文翻訳を頼まれたものと思っていたのですが、最近はなぜか英文の依頼が多いのです。ミャンマーは今、中国離れ、欧米接近しているため、この国関連のニュースでは、中文より英文メディアの方がいい記事を流しているせいかも知れません。
 その他の時間は、さまざまな小遣い稼ぎの原稿書きや、自らの主宰する社団法人関連の仕事に充てています。最近の原稿料は安く、とても定職サラリーマン時代の賃金には及びませんが、好きな中国、海外時事ネタを材料に、好きなように書いているので、ストレスはたまらず、精神衛生上は申し分ありません。半面、社団法人関係の仕事は、セミナーなどを開催しても、ほとんど儲けにはならず、ひたすら「社会貢献」という形に終始しています。それもまた楽しいのですが、、。
 昨年のバンコク旅行ではゴルフがメタメタだったので、少し反省。今年に入ってから、レッスンプロの指導を受け始めました。毎週1回のペースで近くのゴルフ練習場で教えを乞うていますが、やはりこの指導を受けてみて、運動でも芸術でも、指導者につくことがいかに大事かということがしみじみ分かりました。自己流には限界があるんですね。なぜか、ゴルフの球はきちんと飛ぶようになりました。ただ、この2週間は、足に肉離れを起こし、休んでいます。
 きょう、犬の散歩で伊勢佐木町の街角をぶらぶらしていたら、パチンコ屋の前でちんどん屋さんが景気よくドンチャラやり、入り口にはパチンカーたちの長蛇の列がありました。この店は新装開店ということで、待ち客は球出しが多くなることを期待しているのでしょうか。それにしても、ただ、球を打ち出すのを眺めるだけのあんなゲームの何がおもしろいのだろうかとしみじみ思います。限りある人生には大いなる時間の無駄だと小生は思いますが、まあ、やっている人には生きがいなのでしょうから、とやかく言うつもりはありません。
 小生の家の真ん前は横浜市立中央図書館です。ここも朝10時の開門のころにはやはり小生と同年代、あるいはそれ以上の人たちが列を作っています。新聞や雑誌を読んだり、関心のあるテーマの本や資料に当たったりしているのでしょう。一生涯学習という姿勢を持つ知的レベルの高い人たちの行動パターンであり、パチンコ屋に行くよりははるかに生産的だと思います。ただ、小生は家の真ん前にあるのにもかかわらず、なぜか彼らの一員になることをためらってしまいます。知的レベルが低いということでしょうか。
 下の写真は、市川の大学の帰り道で見かけた藤棚。