つれづれなるままに-日暮日記

現世の森羅万象を心に映りゆくままに書きつくる。

映倫、ビデ倫の存在理由について

9月22日、小生の出ている勉強会に、映倫ビデ倫の人が来てくださり、その機構や生い立ち、存在理由について講演していただきました。
映倫はご存知のように、性や暴力表現などについて、映画団体側が自主規制する組織として存在しています。審査の結果、だれでも見られるG(一般)のほか、PG−12(父兄同伴)、R−15(15歳以上)、R−18(18歳以上)という区分をします。
中学生でも性交渉がある昨今、必要以上にモザイクをかけて、性的表現などを規制することにどれだけ意味あるのかと小生は思いますが、映画会社側からすれば、われわれも倫理的配慮をしているのだと主張できる点があるのかとも思われます。
ただ、映倫の人に言わせると、かつて「黒い雪事件」や「日活ポルノ事件」のように、映倫で審査OKとなったものが警視庁に摘発された例もあり、映倫の審査が必ずしも当局のお墨付きをもたらすものではないことが分かっています。
ビデオを審査するビデ倫に至っては、逆に審査の厳しさを敬遠され、ビデ倫マークがあると客に歓迎されないそうです。そのため、ある大手のビデオ貸し出しチェーン店は、ビデ倫審査済みのものを店におかない傾向にさえあるそうです。それなのに、なぜ高い審査料を払って映倫ビデ倫にかけるのか、考えれば考えるほどなぞです。
欧米先進国は、基本的にクローズドサーキットで放映する映画、ビデオなどには性器の露出、性的な表現などで規制はかけません。小生は、日本もそうあるべきだと思っております。なぜなら、こうした規制がかえって裏ビデオ製造などで黒社会の暗躍を呼び、管理当局側の利権も生まれやすいと考えるからです。
差別を助長したり、麻薬を含めて犯罪を鼓吹するようなものはチェックする必要がありましょうが、民主国家では、確固たる被害者が出ないわいせつ罪などの犯罪にはもっと緩和が必要であると思います。
下の写真は、昨年貴州省省都貴陽で出くわした犬です。かわいいので撮りました。映倫とはなんの関係もありません。