最高裁大法廷は今日、婚姻時に夫婦の姓を同じにするべきだとされる民法上の規定を「合憲」としました。これは夫婦別姓で婚姻届を出したいとする夫婦が訴訟を起こしていたことへの判断で、確か数年前にも最高裁で同じような判断が出ています。小生の意見を先に言わせていただければ、選択的夫婦別姓は実に合理的であり、進められて然るべきだと思います。選択的なので、夫婦が同一姓を名乗りたければ、そうすればいいし、いろいろな不都合から別姓にしたいと言うのならばそうすればいい。夫婦同一姓でないと、誰かが絶対的に困るというものではないでしょう。
そもそも夫婦同姓を義務付けているのは、民法750条の「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫または妻の姓を称する」を根拠にしています。でも、この条文をよくよく見ると、夫婦が同一姓を名乗らなければならないとは書いてありません。別姓にしてもいいように拡大解釈が可能なんです。だから、最高裁が別姓を合憲とすることは可能なのです。でも、そうしないのは、多分に政治的に決められるべきものとしており、いわゆる統治行為論的な扱いとして、裁判所としての判断を放棄しているのです。
では、政治の世界ではどうか。野党はどこも夫婦別姓に賛成で、反対するところはないでしょう。問題は政権党で、とりわけ自民党内でまだ強硬に同一姓を主張している議員がいるからのようです。彼らの根拠は「家制度、家族制度が壊れるから」とか「子供がどちらの姓にするか困るから」などと、実にたわいもないことを根拠にしています。家族制度を守りたいという夫婦であるなら、同姓を選択したらいい。別に全員に別姓を強制しているわけではないのですから。でも、今時、家制度の存続なんてナンセンスの極みだと思いますが、、。
今は、専業主婦という形が幅を効かす時代ではない。かなり前から、女性が社会進出し、職場で一定の地位を得ています。その人が結婚前とその後で名前が変わったら、著しく不都合が生じることは火を見るよりも明らかです。現に、パスポートや株券、証券の名義書き換えなど、個人を特定する文書の改変の必要性があり、その際に金銭的な持ち出しを強いられます。同一姓主張の議員らは「もっと、原姓が通用できるような社会に向け制度を変えればよい」と言っていますが、それならば、なおのこと別姓を「合法化」すれば、済む話。すぐに問題が解決されるのではありませんか。
現民法では、夫婦のどちらの姓を名乗っても良いことになっていますが、ほとんどケース、女性が改姓を求められることになります。であれば、女性の方にかなりの負担が強いられ、一種の女性差別にもなりかねません。名前というのは所詮記号なのであり、その人が生まれた時から一生同じ形で背負う方が圧倒的に便利。途中で変われば、名義書き換えの経済的な損失ばかりでなく、個性の喪失にもつながり、婚姻の有無、離婚などが分かることによる社会的な偏見を受ける恐れも出てきます。
役所からすれば、個人データ管理の問題などで面倒が出てきましょう。逆に、同姓化による名前の途中改変でいいことなどないと思います。女性の中には、「結婚で今度はどんな姓名になるんだろう」と楽しみにしている人がいることも確か。苗字が変わったことを世間に喧伝し、「私、結婚したの」と自慢したい人もいると思います。そういう人は夫と同姓にすればよい。でも、途中改変で不便を感じている人が圧倒的に多い時、政治家は時代の要請にこたえるべきではありませんか。
上の写真は、みなとみらい地区のエア・キャビン。ほとんどのボックスに人の姿は見られませんでした。もう、飽きられたか。