つれづれなるままに-日暮日記

現世の森羅万象を心に映りゆくままに書きつくる。

スモールとビッグG対立の構図

 大阪晩秋の陣は、小生を含む多くの人が予想した通り、橋下一党の勝利となりました。だいたい、平松なる現職市長が叫んでいたのは「独裁反対」ですが、こんな言葉には内容がなく、選挙民にとって陳腐に聞こえ、だれの心にも響かないことがどうして分からなかったのでしょうか。訴える力がまったくないですね。選挙民が望んでいるのは、この民間不景気の時代に、行政の無駄をなくして欲しい、その結果が欲しいということであり、大時代的な抽象的言辞ではないのです。
 その点、橋下氏は知事時代に府政のレベルで行政の無駄を最大限なくす努力をし、現実に黒字化を進めてきました。これまで役所の中で、のうのうと高給をはんできた人にとっては、橋下氏は”現状破壊者”として脅威に感じたことでしょうし、危険人物と見えたことでしょう。でも、今回の結果を見て、橋本独裁などとおおっぴらに反対できなくなってしまったのは間違いありません。
 今回の橋下選挙を見ていると、やはりスモールガバメントとビッグガバメントの対立という構図が浮かび上がってきます。かつて小泉首相が仕掛けた郵政選挙のときと同様のものです。ガバメントはスモールかビッグかという選択になると、概してスモールになびくもので、小泉選挙も橋下選挙もその通りの結果になりました。それは、ある意味、公平感の確保というモメントが働くためです。
 特に、大阪は日本でいちばん生活保護世帯が多い自治体。年金も払わず、老後の備えもせず、つまり楽器を奏でて遊び暮らすキリギリスのような生活をしてきて、老後になるとさらに国民年金支給額より多額の生活保護金を取ることは、真面目に働き、年金を払い続けた人には公平に映らないでしょう。生活保護受給者が多い現実に、選挙民はあきれ、ビッグガバメントの弊害を感じたのです。
 税制というのは、富む人と富まざる人の差を幾分でも縮めようとするもので、これは政府の役目でもありますが、このスタビライザーを無条件に働かせようとすると、今度は、著しく公平感を損なってしまうことも、また社会主義の失敗という歴史から学んだ教訓の一つです。今は、流れはスモールガバメントの方向にあります。したがって、来年にも予想される衆院選挙では、自民も民主も駄目で、みんなの党のような「スモール」派がかなり議席を取ることになるでしょう。
 下の写真は、我が家の愛犬マオ。