つれづれなるままに-日暮日記

現世の森羅万象を心に映りゆくままに書きつくる。

嘉田知事は細川首相の二の舞か

 いやー驚きました。政治の第三極の新たな旗印として、嘉田由紀子滋賀県知事が突然、登場してきました。多分、小沢一郎大先生が仕掛けたものでしょう。小沢という人、政治の方向性も政策もでたらめですが、政局の仕掛けは天才的にうまい人だと再認識しました。
 国民新党崩れの亀井静香先生や、減税だけの河村たかし名古屋市長、反TPPの山田正彦議員(この人、『そちも悪だのう』といった感じの悪徳商人顔。言い過ぎたらごめんなさい)では、とうが立ちすぎて、すでに全体の顔にはなれません。ましてや、小沢氏自身も。そのとき、関西の反原発で名を売った嘉田知事を思いつき、彼女をくどくなどという芸当は並の政治家ならできません。やはり、小沢先生は天才です。
 小沢氏は、こういうことができたからこそ、1980年代末から20年以上にわたってずっと政治の表舞台で注目されてきた人なのでしょうね。1993年に宮沢内閣が不信任され、そのあとの総選挙では、第一党が自民党でした。不信任決議後、自民党を割って新生党を作った小沢氏は、非自民の7党連立で細川護熙氏を首班に担ぎ上げました。
 いやーすごい手腕です。その後、自民党と連立したり、離れたり、さらには民主党と合併し、離れたりと常に政局の真っただ中にいました。しかも、こんな政局屋でも、時代時代にしっかり部下がいて(その後はみんな離れていきますが、、)、彼を支えているというのも立派です。
 中央政界では手垢が付いていないけど、そこそこ名が売れている人をトップに担ぎ上げる。細川首班を画策した手法と何やら今回も似ているところがあります。そういえば、細川氏熊本県知事から中央政界に出た人でした。そういう意味では嘉田知事は小沢氏にとってもってこいの人物ですね。ただ、嘉田という知事、そこそこ上品な顔立ちで知的な雰囲気も漂わせていますが、いろいろ取材してみると、地元では「かっこいいこと言うが、何もしない知事」ということで悪評ぷんぷんのようです。かっこよさだけでは政治はできませんからね。
 その限界は嘉田氏本人も分かっていたはずです。それを小沢氏に口説かれると、自らを過信し、度を超えて中央政界に打って出ようとする。もともと中央に出ようという色気があった人なのか。それとも、相当のお人よしか。単なる身の程知らずかの…か。
 多分中央政界に出ても、細川首相よろしく自らの限界を知り、匙を投げるか、小沢氏に利用されるだけされて、あとでポイされてしまうかのどちらかでしょう。下支えが期待される小沢氏にしても、政治家としてはすでに旬を過ぎている人であり、細川氏を支えたときの状況とは大きな違いがあります。人間、チヤホヤされると、魚も木に登ってしまう傾向があります。他山の石としなければ。
 下の写真は、青山と赤坂の間にある乃木坂の旧乃木希典邸とその正門。最近、青山一丁目方面に行く機会が多く、その周辺をぶらぶらしていたら、乃木邸にぶつかりました。