つれづれなるままに-日暮日記

現世の森羅万象を心に映りゆくままに書きつくる。

善悪、常識を勝手に判断する議員の愚かさ

 ちょっと話は旧聞に属しますが、熊本県のある女性市会議員が議場に乳飲み子を連れてきたことで、議長にとがめられました。これに本人は反発し、一部のフェミニストがやれ女性差別だとか、欧米では当たり前の光景なのに日本では女性の労働環境が確保されていないなどと批判しました。でも、その批判、ちょっと的外れではないかと思います。
 乳飲み子を議場に入れることの是非については議論の余地がありましょう。だが、冷静に考えれば、一般の企業で女性社員が乳飲み子を連れて出社し、おんぶしたり、抱えたりしてコンピューターの前に座るか。世に働く女性は数多いですが、仕事場で子連れのケースはほとんどないと思います。もちろん、企業によっては独自に託児施設を用意しているところがありますが、それがない場合は勤労女性各自が子供を託児所に預け、一人で出社するのが普通です。
 この女性議員の最大の欠点は、すべてのことを自分中心に判断してしまうこと。世界の先進例がこうなんだから、世間の常識はいずれこうなるからと推定し、自分の行動は許されていいのではと勝手に思い込むことです。議場に乳飲み子を連れて来たかったら、まず議会規則を調べ、もし規則がないのであれば、認めるよう改正手続きを踏むのがスジではないですか。そんな当たり前のプロセスも分からない人が議員をしているのがまず驚きです。
 面白いことに、この女性議員、子連れでの議場入りで問題になっただけでなく、今度は議場の発言席で”龍角散飴”をなめながら代表質問したとのこと。文字通り開いた口がふさがりません。理由は「風邪を引いてのどの痛みがあったので」ということらしいですが、これも彼女の勝手な判断です。ビジネスマンが商談をするとき、「口臭で相手に迷惑かけられないから…」と言ってチューインガムを噛んでするか、「きょうは寒いので…」と言ってダウンジャケットを着て、帽子、マスク姿で客に向かうか。ありえないでしょう。
 こんな勝手な判断をする女性議員(無所属、つまり政党所属ではない)を育んだキャリアは何か知りたいし、彼女を選んだ選挙民の顔が見たい感じもします。ですが、そんな批判的な興味で終わっていいのかという思いもあります。”常識”って、往々に自分の育ってきた生活環境などをベースに勝手な解釈で判断してしまうところがあります。実は小生もそういうところがあります。やはり、これも他山の石としなければならないのでしょう。

 上の写真は、イスタンブールの旧市街から新市街にわたる橋の上で、新市街をバックにした風景。、